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ハロー!NEOニッポン

2022.04.19

飾りじゃないのよ、ビー玉は。昔ながらの「ラムネ」の未来。

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画像提供 | 鈴木和博、株式会社マルキョー


カランコロンと鳴るかわいらしい音を聞きながら、グビグビグビッ。シュワシュワシュワ。プハ〜。冷えたラムネを片手にこの原稿を書いている本日、まだ春だというのに東京では夏日を記録しています。

暑くなると、無性に飲みたくなる飲みものといったら、ラムネの話を避けて通ることはできません。ビールにも、ハイボールにも、クリームソーダにすら出せないのどごし&口福感(筆者は大のクリームソーダ好き)。

幼い頃は自分でラムネのビー玉を落とすことができなくって、父にお願いして開けてもらっていたっけ。夏祭りの屋台の軒先、氷の中でひんやり冷やされたラムネをあの子と一緒に買ったっけ。大人になってからも年に一度は手に取って、あの日を懐かしむように楽しんでいます。

ラムネの作り方とビー玉の秘密。

ラムネの特徴といえば、ビー玉が入っていること。ビー玉入り以外はラムネじゃなーい!なんて密かに思っていたわたしですが、はて、あのビー玉はなんなんだ?と問われると、これまで考えたことすらありませんでした。みなさんはラムネにビー玉が入っているワケをご存知?

「ラムネは、ガラスびんの中にシロップを入れて炭酸水を注いでから一度逆さまにして仕上げるんです。逆さますることで、ビー玉がゴムパッキンの部分まで下がり、びんの中の炭酸の力が働いて飲み口のところでビー玉が止まります。つまり、ビー玉はふたの役割を果たしているんですよ」

そう教えてくれたのは『株式会社マルキョー』の3代目、増子春香さんです。

増子 春香ますこ はるか

足利市で60年以上続く清涼飲料水製造会社『株式会社マルキョー』の3代目。醸造学科を卒業後、醸造家である父と一緒にワインメーカーとして全国各地のワイナリー立ち上げに参画。家業のラムネ製造会社が北関東唯一になってしまったこともあり、2012年ワイナリーを立ち上げ、春夏はラムネ製造、秋冬はワイン造りを行っている。

「ビー玉というと、なんとなく“子どものおもちゃ”として知られていますが、元々はラムネのふたとして製造されたものといわれています。しっかり丸くないと、ふたとしての機能を果たしません。これは諸説あるのですが、基準に達したA玉(えーだま)に対し、規格外になったものがB玉(びーだま)と呼ばれ、世の中に広まったといわれているんですよ」

なんと、びっくり。ビー玉は、見せかけだけの飾りではありませんでした。それどころか、ビー玉がなければ、ラムネは完全に気の抜けてしまうはずの飲みもの。美しさと実用性を兼ね備えつつ、究極にムダのない構造にはロマンすら感じてしまいます。どうしよう、ラムネってすごい。

時代に合わせた飲料水を作り続けて60年。

『株式会社マルキョー(以下、マルキョー)』は、ラムネやかき氷のシロップなどを製造する清涼飲料水製造会社です。現在、春香さんと一緒にラムネ製造に励む父・敬公(よしひろ)さんが2代目、祖父・敬明(よしあき)さんが初代にあたります。創業当時はかき氷のシロップが主力商品。その技術を生かし、1960年代からは一世を風靡した噴水型ジュース自販機(オアシス)のシロップを作っていたそうです。

「ペットボトルはもちろん、缶ジュースすらなかった時代に登場したいわゆる自動販売機。お金を入れると、シロップと水が混ざってジュースになり紙コップに注がれます。当時、この辺りではものすごく人気でした」と、貴重な写真を見せてくださいました。カメラが趣味だった初代が撮りためていたものを、最近になって発見したそうです。

「うちは、時代に合わせて飲みものを作ってきた会社。ラムネに参入した時期は、メーカーとしては最後では?と言われているくらいに遅いんです。その昔、こんにゃくの名産地でもあるこの辺りの地域ではラムネ屋さんはこんにゃく屋さんでもありました。というのも、こんにゃく芋の旬は冬。つまり、こんにゃく屋は冬の商売だったんですね。そこで、夏の商売としてラムネを作って売っていたのです。ある時、地域のこんにゃく屋さんが忙しくなってラムネを作ることができなくなりました。でも夏になったらラムネを売り続けたい。そこで飲料水メーカーだったわたしたちの会社が代わりに作ることになったのです。1980年代の話です」

ラムネは本来、地域ごとに楽しまれる飲みもの。飲み終わったラムネびんは回収され、きれいに洗ってまたラムネが詰められ、同じ地域の中で循環していました。それぞれのラムネ屋さんにゆるやかなテリトリーがあるため、ほかの地域のラムネびんがまぎれ込むと、すぐにわかるほどだったそうです。

ラムネびんの歴史とリサイクルの課題。

ところでこのラムネ、日本の風物詩のような印象がありますが、なんとびっくり生まれはイギリス。調査をしてみると、1853年の黒船来航の際にアメリカ合衆国の軍人マシュー・ペリーが持ってきたという歴史が有力です。

「元々はレモネードだったらしいんですよ。レモネードがなまってラムネになったとか。どうなまればそうなるのかな?と思いつつ(笑)。当時はビー玉ではなく、コルクでふたがされており、ゴムパッキンがなかったため、革が挟んであったそうですよ」

コルクも革も、乾燥すると取れてしまうので、炭酸が抜けやすかったとか。それだけでなく、コルクが高価だったこともあり、それに代わるものとしてビー玉栓が発明されたといわれています。このようにラムネびんも進化を遂げてきました。

日本で使われてきたラムネびんを簡単に分けると主に3つ。写真左からオールガラスびん、転倒式ワンウェイびん、打ち込み式ワンウェイびん。みなさんも年代によって「これこれ! これがラムネだよね!」と思うびんは違うことでしょう。

「初期はオールガラスびん(写真左)。すべてガラスでできていて、職人さんがひとつひとつ吹いて作っていたもの。ですから、とっても重たいんですよ。形を作りながら、ビー玉を入れて閉じてもらうので、ビー玉を取り出すためにはびんを割るしかありませんでした。この頃は飲み終わったびんは回収して洗い、何度も使用する“リユース”が普通でした。一方、現代の主流は打ち込み式ワンウェイびん(写真右)。2000年代に入り、手間を省いて大量に作るために開発されました。あらかじめキャップにビー玉が取り付けられて納品され、機械で打ち込んでふたをするので、こちらもビー玉を取るのが難しいタイプです。そしてマルキョーで使っているのは、転倒式ワンウェイびん(写真中央)です」

転倒式ワンウェイびんは、ガラスびん・プラスチックのふた・ゴムパッキン・ビー玉の4つのパーツからできています。ビー玉はプラスチックのふたを反対まわしにすると簡単に取れるし、ゴムパッキン以外はリサイクルに回すことができるそう。ガラスびんのほとんどは再びガラスびんの原料に生まれ変わると言います。ここからは2代目の敬公さんにも話を伺います。

「オールガラスびんはリユース、転倒式ワンウェイびんはリサイクルできます。でも、打ち込み式ワンウェイびんはどちらも難しい。ただ、輸出をする場合、気圧の変化によってビー玉が取れてしまってはいけません。安全性を重視すれば、今後も打ち込み式ワンウェイびんが主流になるのは致しかたないことかもしれません。しかし、環境問題の視点から見るとどうでしょうか。リユースやリサイクルに関しては、海外のほうが断然厳しいので、日本のラムネ業界は今、頭を抱えているところです」と敬公さん。

「オールガラスから転倒式ワンウェイびん、打ち込み式ワンウェイびんと変化しながら、販売エリアが広がったことでラムネへのクレームも増えました。子どもがラムネを飲んでケガをした、という話は昔はなかなか聞こえてきませんでした。それは地域ごとに決まったラムネ屋さんがラムネを作り、その町のひとたちだけが目の届く範囲で楽しんでいたから。大量に作って正しく売るというのは、本当にむずかしいなと思います」

「昔ながらのラムネ」は絶滅危惧種に。

ラムネの売り上げの全盛期は1980年代。筆者がラムネを見ると、昔懐かしい気持ちになるのは、まさに子ども時代がラムネ人気の最高潮だったからかもしれません。

現在、北関東で唯一ラムネを製造するマルキョーも今期を最後に「マルキョーラムネ」の製造を終えることになりました。それは、これまでラムネびんを作ってくれていた関東のガラス会社が製造を止めることになったから。

「いよいよかもしれないね、という話は数年前からしていました。でも、コロナで思いのほか早まってしまったかなと思います。関西ではまだ一社が転倒式ワンウェイびんを作り続けていますが、関東の分まで作るのは難しいそうです。打ち込み式ワンウェイびんはしばらく残ると思うので、うちでも専用の充填機を買い換えて続けることもできるんです。でも、いつまたびんそのものが製造停止になるかもわかりません」と春香さん。

敬公さんも続きます。

「それに……、ビー玉でふたをしないラムネをラムネと呼んでいいのかな?というこだわりも正直いうとありますよね。昔からの製法でラムネを作れないくらいなら、この時代にリサイクルできないびんを使いはじめるくらいなら、もうこれで終わりにしたほうがいいのでは?と思ってしまうんです」

3月上旬、最後のラムネびん10万本が納品されはじめました。これを詰め終わったら、マルキョーのラムネは終売です。ラムネびんを製造するメーカーだけでなく、組み立て工場も廃業してしまったため、社員6名総出でラムネびんを組み立てるところから始めています。

「ガラスびんにビー玉を入れ、ゴムパッキンをつけてふたをする。機械を使えば、1時間で150ケース(3600本)ほど組み立てられますが、人間がやったらせいぜい頑張っても10ケース(240本)。ラムネは1回2000本、週2〜3回ペースで仕込みをするのですが、目下の悩みはラムネを作ることよりもラムネびんを組み立てることです」

「マルキョーではワインも作っていますが、それはラムネを守りたかったから。ラムネやかき氷のシロップは春夏、ワインは秋冬と1年を通して工場を動かすことで、懐かしい思い出の味を守り続けてきました。今後、わたしたちが納得する形でラムネを続けていくとしたら、最終手段はリユースできるオールガラスびんに戻ることしかないと思っています。ラムネが地域で愛されていたあの頃のように、小さく小さく続けていくという選択肢。ただ、コストを考えると難しいんですよね。ラムネ1本が高くなってしまうのも、ちょっと違うなと思っていますし。最後の10万本にラムネを詰め終わるまでは、マルキョーラムネをしっかり守り続けたいと思っています」

筆者が感じたラムネの懐かしさとロマンは、作り手が長い間、大切にしてきたこだわりそのものでした。今年の夏は、カランコロンとかわいらしい音を聴きながら、マルキョーラムネをおいしく、そして大切にいただきたいと思います。

文文

長嶺李砂編集者

1984年、青森県十和田市生まれの昭和っ子。子ども時代からの夢だったパティシエになるも紆余曲折、現在は書籍や雑誌、WEBサイトなど、「食」を中心に幅広いジャンルで活動する編集者。とにかく、おいしいものには目がない。昔ながらの店、味、手仕事が好き。

「NEO(ネオ)」という言葉には、“新しい”や“復活”という意味があります。めぐる時代で生まれる流行、地域に伝わる習わし、伝統品のリバイバル、新しい若者文化も「日本らしさ」のひとつ。本コラムでは、長い歴史や伝統へのリスペクトを忘れることなく、「文化って楽しくていいよね」、「こんなものも文化って呼んだっていいんだ」という驚きと発見、おもしろさを発信していきます。

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