みなさん、今年はクリームソーダを飲まれましたか? まだですか? 本当ですか? 大丈夫ですか? 夏、終われますか?というか、夏、はじまってますか?
ああ、初回から声高に偏った主張をしてしまい、たいへん失礼いたしました。というのも、わたしにとって「クリームソーダ」は夏の象徴で。どうして夏の季語じゃないんだろうか、といつも不思議なほどです。みどり色のソーダ水とミルキーなバニラアイス、ときどき一粒のチェリーが出会うという奇跡。それだけでもう、わたしの心はクリームソーダに夢中なのです。
出会いは、デパートのファミリーレストランだった。
少しだけ遠い目をしながら、思い出します。そう、あれはまだ年を片手で数えられる頃のお話。亀のロゴマークを掲げた地元の小さなちいさなデパート、今はなきあの場所へ行くのは、わたしにとって最高に楽しい“おでかけ”でした。
「クリームソーダが飲みたい!」
ある日、買い物の途中に言い出したのは3つ上の兄でした。きっと、親と子の何らかの交渉が成立したのでしょう。母は、しぶしぶと兄とわたしの手を引き、食品サンプルがずらりと並んだファミリーレストランへ入店しました。
わたし自身が何を頼んだのかは1mmも覚えていないのに、兄がオーダーしたクリームソーダのキラキラ瞬くような輝きといったら。30年ちょっと経った今でも、なぜか強烈に覚えているのです。「生のさくらんぼのほうが味はおいしいけど、この真っ赤なチェリーがないと、クリームソーダじゃないよね!」そんな会話までしっかりと記憶しています。真っ赤なチェリーをほおばる兄の顔は本当にうれしそうで、まさに「しあわせ」そのもの。あの日、わたしは出会ってしまったのです、クリームソーダというとびきり口福な飲みものに。
メロンソーダとアイスクリームの間のシャリシャリを食べる瞬間、それがクリームソーダのハイライト。絶対領域。あそこにスプーンをかける瞬間だけは、だれにもじゃまされたくありません。あの食感と味わい、これぞクリームソーダの醍醐味。
アイスでこってりした口の中を、爽やかな世界へ誘うのはシュワシュワのソーダ。グラスの下のほうにある混ざりっけのない味、上のほうのクリーミーな味、どちらも存分に堪能したあとは、スプーンやストローで勢いよく全体をかき混ぜて泡立て、まろやかなシェイク状にするのがわたし流。最後に底に残ったふわふわをストローでズズズッと吸ってしまうのは、ちょっぴりお行儀がわるいのだけれど、神よ、どうか一瞬だけお許しを。そうだ、チェリーはどのタイミングで食べましょうかね。この問題は、来世まで答えを出せそうにありません。
「愛でる」、「食べる」、「飲む」、そして「混ぜてから飲む」。一杯で四度楽しめる素敵な飲みもの。物心ついたときには、もうそこにいたクリームソーダ。ところで、YOUはいつから日本へ?
アメリカ生まれ、日本育ち。クリームソーダこそ、NEOニッポン!
日本で初めてクリームソーダを出したのは、東京・銀座の資生堂薬局内にできた「ソーダファウンテン」(のちの資生堂パーラー)といわれています。ソーダファウンテンとは、当時アメリカのコンビニや薬局に併設されていた、飲みものや軽食を売るカウンター形式のお店のこと。まさにソーダ水やアイスクリームなどが売られていたお店なのだそうです。
パリ万博の帰りに立ち寄ったアメリカでこの文化に出会い、日本に持ち込んだのが、資生堂創業者の福原有信(ふくはら ありのぶ)さん。時は1902年(明治35年)、今から120年ほど前のことです。
ソーダ水にアイスクリームを浮かべた飲みものは「アイスクリームソーダ水」として、日本で産声をあげます。1922年(大正11年)には、資生堂薬局内の「ソーダファウンテン」のメニューに掲載されていることが確認されているようなので、正式に誕生してから来年でちょうど100周年でしょうか。100歳の誕生日おめでとう、クリームソーダ!
「それじゃあ、クリームソーダはアメリカの食文化なんだね」と思いきやどっこい、日本以外の国の多くは、コーラやルートビアにバニラなどの風味をつけた飲みものを「cream soda(クリームソーダ )」と呼びます。つまり、わたしたちが想像するそれとはまったくの別物。どちらかといえば「float(フロート)」のほうがイメージに近いそうです。
そもそも、メロンソーダこそが日本発祥といわれており、海外ではとても珍しいもの。アメリカ生まれのソーダ水+アイスクリームという組み合わせが、日本にしかないメロン味のソーダ水で定着し、「クリームソーダ」と呼ばれるようになったのです。最近では、みどり色だけでなく、色とりどりのクリームソーダを提供するお店が増えましたね。
これからもずっと、クリームソーダと一緒に。
昔ながらのパーラーや喫茶店だけでなく、マクドナルドやコメダ珈琲店、上島珈琲店などチェーン店、おしゃれなカフェでも気軽に楽しめるようになったクリームソーダ (わたしは、カラオケ屋さんでオーダーするクリームソーダも大好き!)。昨今のクリームソーダ人気は、若者が牽引しているといわれていますが、「喫茶店でレトロな雰囲気を味わいたい」という声を聞くと、昭和生まれとしては、なんだかホクホクしてしまいます。
「純喫茶コレクション」の屋号でおなじみの難波里奈さんの著書『クリームソーダ 純喫茶めぐり』(グラフィック社刊)は、クリームソーダ好きには本当にたまらない一冊。難波さんが全国津々浦々、足繁く通う喫茶店で愛されてきたクリームソーダたちが、そりゃあ、もうたくさん掲載されていて、何よりも愛情た〜っぷりに紹介されてるんです。ああ、表紙のクリームソーダ最強だな。遠出ができるようになったら、この本を片手にクリームソーダをめぐる旅をするのもいいなと夢見ているところです。
おじいちゃん、おばあちゃん世代にはノスタルジックな想い出として。わたしたち、昭和生まれにはレトロで懐かしく。子どもや若者には、新しい食文化として。そのアメリカンな見た目とは裏腹に、正真正銘ニッポンのカルチャーとして存在するクリームソーダ。大正、昭和、平成、令和、それぞれの時代と視点で語られるクリームソーダの魅力は、これからもきっと消えてなくなることはないでしょう。そして、そのポップでカラフルな存在は、いつだってわたしたちにしあわせをくれることでしょう。
最後に、この写真はズバリ、ウン十年前のわたし。家族で青森のねぶたを見に出かけたときのひとコマです。メロンソーダとアイスクリームを別盛りにするこだわりを見せ、ハンターのような目つきでグラスを狙う! 本当に幼い頃からクリームソーダが好きだったソーダ……と、おあとがよろしいようで。
商品紹介
ちなみに、日本百貨店ではクリームソーダにまつわるこんな商品を取り扱い中。夏の終わりにクリームソーダ気分を味わえる、ぴったりの商品もぜひご覧ください。
長嶺李砂編集者
1984年、青森県十和田市生まれの昭和っ子。子ども時代からの夢だったパティシエになるも紆余曲折、現在は書籍や雑誌、WEBサイトなど、「食」を中心に幅広いジャンルで活動する編集者。とにかく、おいしいものには目がない。昔ながらの店、味、手仕事が好き。
「NEO(ネオ)」という言葉には、“新しい”や“復活”という意味があります。めぐる時代で生まれる流行、地域に伝わる習わし、伝統品のリバイバル、新しい若者文化も「日本らしさ」のひとつ。本コラムでは、長い歴史や伝統へのリスペクトを忘れることなく、「文化って楽しくていいよね」、「こんなものも文化って呼んだっていいんだ」という驚きと発見、おもしろさを発信していきます。