日本百貨店日本百貨店

日本百貨店
search
search

東京手仕事

2022.12.26

東京のスグレモノと作り手たち2022 vol.6|檜垣彫金工芸

ShareFollow us

東京手仕事

ShareFollow us

東京の伝統工芸品の魅力を広く伝えるため立ち上げられた「東京手仕事プロジェクト」。そこには、受け継いだ匠の技を活かし、スグレモノを生み出し続けるたくさんの作り手たちの姿があります。
「東京のスグレモノと作り手たち2022」では、東京手仕事プロジェクトで認定された作り手さんの工房にスタッフが直接お伺いし、「東京手仕事」の魅力をたっぷりと紹介していきます!

日本百貨店にほんばし總本店、店長の瀧川です。

今回お話をお聞きしたのは、東京彫金の工房「檜垣彫金工芸」の三代目、檜垣隆博さん。 葛飾区の懐かしい雰囲気の商店街を抜け、閑静な住宅街のほど中にある工房にお伺いしました。

代々進化する技術、工房の歴史。

100年余りの長い歴史をもち、その技術を三世代にわたり受け継ぐことで工房を進化させてきた檜垣彫金工芸。
その進化には、初代、二代目、三代目と、とそれぞれが持つ異なる得意分野を発展させることが鍵になっているようです。

檜垣彫金工芸は、足立区北千住に檜垣さんの祖父、初代の銀蔵さんが工房を開いたのがはじまり。
銀蔵さんは錺(かざり)職人として、その卓越した技術で銀の器やお箸などの日用品から装飾品まで、様々な細工を手掛けていました。
幅広い要望に応えるためには、それに見合った「技術の幅広さ」も必要。まさに彫金工房としての礎を築いた初代であったそうです。

後に葛飾区に工房を移し、その技術を受け継いだのが檜垣さんの父、二代目の宣夫さん。 貴金属に細かな絵柄を彫り込む「和彫」が得意で、多くの装飾品を手掛けてきました。

貴金属の加工においては、土台を作る地金職人と装飾を施す彫り師との分業が通常ですが、宣夫さんはより思いどおりの仕上がりを求めて、地金からすべて自身で加工するまでに至ったとか。
その細工のこまやかさには、思わずじっと息を止めてルーペで見たくなるほど。「緻密な職人仕事」の粋とこだわりを感じます。

そして当代。葛飾区から東京彫金の伝統工芸士に認定され、活躍を続ける三代目が、檜垣隆博さんです。
もちろん和彫も修行していたそうですが、心の中にはどうしても、「彫りでは父は超えられない」という思いがあったそう。
祖父と父の仕事を単純になぞっていくだけでは、行きつく場所は同じ。そうではない、自分にしかできない表現とは何か?

時代の変化とともに世の中に求められるものも変わり、和彫の限界も感じていた中、檜垣さんがたどり着いたのが「手編みジュエリー」でした。

探求心の、その先。

「手編みジュエリー」と聞いて、なんだろう?と思う方は少なくないはず。

手編みジュエリーとは、金や銀、プラチナなどの貴金属を1ミリに満たない糸状に加工し、それを編み上げて作るジュエリーです。
貴金属が流れるように織りなす繊細さは、カットや彫りでは表現できない、立体的で独特の輝きを持っています。
初代、二代目から続き、檜垣さんの「探求心」が生み出した三代目の代表作。他にはない檜垣彫金工芸だけのオリジナルブランドとなりました。

檜垣さんの作品。デザインもすべてご自身で手掛けています。
東京手仕事プロジェクト認定商品「手編みハンギングネックレス」。

檜垣さんが手編みジュエリーを作り始めるきっかけとなったのは、意外なことに新潟で古くから作られる民芸品、「スゲ細工」だったそうです。

乾燥させたスゲを編み込んでつくる新潟の民芸品。古くは冬の農閑期の収入源とされていたそう。

自分自身の表現を模索する日々のなか、別の仕事で新潟を訪れた際に、たまたま駅のお土産屋さんで売っていたスゲ細工が檜垣さんの目に入りました。
「あ、これだ!」
その瞬間、二代目・宣夫さんが以前見せてくれた貴金属を編み込む技法を思い出したそう。

この技法を極めることで、新しい表現ができるのではないか?
そう直感した檜垣さんは、スゲ細工をその場ですぐに購入して持ち帰り、構造や技術の研究を始めました。
研究から得たものを貴金属に応用して幾度もの試行錯誤を繰り返し、檜垣さんが生み出すことに成功した新しい技術の結晶。これが「手編みジュエリー」です。
檜垣さんの探求心の源となったその素朴な民芸品は、工房を見守るように今も大切に保管されていました。

受け継ぐ大切な道具たち。

檜垣さんの工房は、大きな工具もこまかな道具類もすべて美しく整頓されていて、とてもすっきり。

様々な道具が並ぶなかで、一際目を引く不思議なものが。
お尋ねすると、「撚り線加工」という工程で使用するドイツ製のドリルで、二代目から半世紀以上にわたり工房に受け継がれているものだそうです。
そんなにも長い間使われてきたものとは思えないほど、丁寧に手入れされているのが伝わってきます。
受け継いだものを大切に、真摯にひたむきに仕事に向き合う檜垣さんのお人柄が出ているような、そんな道具で溢れている工房です。

元は穴を開ける道具ですが、先端にフックを取り付けカスタマイズ。貴金属糸をひっかけてクルクル回し撚り合わせることで、強靭さとマットな質感をもつパーツとなります。

 

手編みジュエリーができるまで。

続いて、製作工程を見せていただきました。
手編みジュエリーの製作作業は、大きく分けて①線引き ②撚り線加工 ③手編み ④枠づくり ⑤ロウ付け ⑦磨き の7つの工程があります。

すべてご紹介したいところですが、今回は特に「手編み」と「ロウ付け」の作業をご紹介します。

まず商品の顔とも言える部分を作る「手編み」の工程。
撚り線加工した貴金属糸を、目が均一になるように丁寧に丁寧に編み進めていく作業です。
傍で見ている分には面白いように編み上がっていくのですが、実は職人技の見せどころ。素材にあわせた絶妙な力加減でもって強弱を調整し、流れるような美しい編み目に仕上げているのです。

楽しくお話ししながら見せてくださるのですが、ひとたび作業に入ると、まさに「職人の眼差し」。檜垣さんの集中力に、思わず息をのんでしまいます。

1種類の貴金属で製作するのに技術が要るのはもちろんですが、複数類の貴金属を組み合わせて作るには、より高度な技が必要です。

ゴールドとピンクゴールドのリング。

ピンク、イエロー、ホワイトなど、異なる色味のゴールドを組み合わせると、彩り豊かで華やかな仕上がりになりますが、素材それぞれが持つ硬さや特性に調子を合わせて均一に整えるのは、とても難しいのです。

けれどこうした異素材の組み合わせこそ、型での成型や彫りでは出せない、手編みでしか成しえない表現。
手仕事だからこそ生み出せる特別な技術なのです。

続いてご紹介するのは「ロウ付け」。
リングのつなぎ目や、枠と手編みパーツなどの金属同士を接合する工程です。

これがまた気が遠くなるような繊細な作業…。この金属ロウ、小さすぎる!

ピンセットで1ミリほどの小さな金属ロウを接合部分に載せ、バーナーで溶かして接着していきます。
本体よりも融点の低い金属ロウですが、熱しすぎて本体が溶けださないように細心の注意を払いながら、ロウだけをうまく溶かしていきます。

ロウ付けを施した状態。ここから不要なロウを削り、磨き上げていきます。

見ているだけでくらくらしそうな細かい工程ですが、檜垣さんはこの作業が好きな理由をこう語ります。
「集中力がいるし、緊張する作業だけれど、だからこそ一番やりがいがある。」

檜垣さんの作品は、あるはずの継ぎ目が一目でわからないことも評価ポイントのひとつ。その所以がこのロウ付け作業のクオリティの高さです。
ロウはいわば接着剤のようなもの。最小限の量で、極力目立たない方が良いとされます。

「手編み3年、仕上げ8年、ロウ付け一生!」
手編みジュエリーの技術について、檜垣さんはうなぎ職人の「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」という格言になぞらえて、こう笑います。

そのくらいロウ付けというのは技術が必要で、そしてやりがいがもてる作業なのですね。
もともと手先を動かすことや黙々と作業をすることが好きだという檜垣さん。
細かい作業は苦にならないそうです。まさに天職ですね。

これからの作品づくり

「今後は手編みジュエリーでできることの幅をもっと広げていきたい。」

日々鍛錬を怠らない檜垣さんですが、技を磨くのみならず、新しい展開も考えているそうです。
現在はご自身でデザインしたアクセサリーの製作が中心ですが、これからはデザイナーさんとのコラボレーションや、更に新しい技術と表現を模索中とか。

檜垣さんの探求心が生みだした、新しい技術「手編みジュエリー」。
これからまた、どんな新しいものが生まれていくのか、とても楽しみです。

日本百貨店にほんばし總本店では、檜垣彫金工芸のアクセサリーを多数お取り扱いしております。
シンプルで使いやすいデザインでありながら、たくさんの技術と想いが詰まったアクセサリー。
是非、店頭でお手にとってご覧くださいませ。

東京の「伝統工芸品」は、進取の精神に富む江戸職人の匠の技と心意気によって、磨かれ、洗練され、そして庶民に愛されて連綿と受け継がれてきました。「東京手仕事」は、そんな伝統の技に光を当て、匠の繊細な「手仕事」の魅力 を国内はもとより世界に発信していく取り組みです。