東京の伝統工芸品の魅力を広く伝えるため立ち上げられた「東京手仕事プロジェクト」。そこには、受け継いだ匠の技を活かし、スグレモノを生み出し続けるたくさんの作り手たちの姿があります。
「東京のスグレモノと作り手たち2021」では、東京手仕事プロジェクトで認定されたスグレモノとその作り手をご紹介します。
vol.3でピックアップするのは、石川べっ甲製作所『TOWA GLASS』、ジュエリーサショウ『tui』、松崎人形『insectum』、GLASS-LAB『WA』、泪橋大嶋屋提灯店『OTO-CHOCHIN』、夢工房『HARENO Accessories』です。
(第3回/全3回)
スグレモノ:TOWA GLASS
『TOWA GLASS』の「TOWA(とわ)」は、「永遠」という意味。長寿の縁起物でもあるべっ甲を使ったこのグラスには、永遠の幸せを願う想いが込められています。
『TOWA GLASS』を手がけたのは、べっ甲職人の石川浩太郎さん。国内メーカーとタッグを組み、これまでにない江戸べっ甲製品を誕生させました。
江戸べっ甲の技術が存分に発揮されているのは、グラスの持ち手部分。まずは極薄のべっ甲を何十枚も貼り合わせ、棒状に仕立てます。さらに棒の中心には直径1mmの芯を入れ、歪まない工夫も施しました。
大切な人との乾杯のひとときに、職人の知恵と工夫が光るグラスはいかがですか?
作り手:有限会社石川べっ甲製作所(東京都墨田区)
1802年の創業以後、江戸べっ甲の伝統技術を活かしたさまざまなアイテムを生み出してきました。現在代表を務める石川浩太郎さんは、石川べっ甲製作所の七代目にあたります。
石川さんは元商社マン。バブル崩壊後、期間限定で家業を手伝うつもりが、べっ甲にすっかり魅了され、脱サラして跡を継いだといいます。
熱い眼差しで「べっ甲業界が活性化するような仕組みを作りあげたい」と語る石川さんは、原材料となるタイマイ(※1)の養殖研究も推進。日本のべっ甲文化の未来を見据えた、石川さんの歩みは止まりません。
※1ウミガメの仲間。現在ワシントン条約により国際取引が禁止されている
スグレモノ:tui
『tui(ツイ)』は、深川名物の「あさり」がモチーフのアクセサリー。あさりには同じ柄は二つとなく、唯一無二の「対」になっていることから、『tui』と名付けられました。
手掛けたのは、金工の佐生真一さん。「素材をいかし、想いをつなぐ」をモットーに、深川らしい粋とユーモアのある作品を作り続けてきました。
あさりの柄は、金工の伝統技法“鍛金”と“彫金”を駆使して表現。つややかな金属の表面に、あさりの繊細な模様を描き出しました。
『tui』もあさりと同様、すべて一点もの。 “あなただけの一点”を見つける喜びを味わえます。
作り手:ジュエリーサショウ(東京都江東区)
金工工房。1920年の創業後、辰巳芸者の要望に応え、簪(かんざし)や帯留を中心としたものづくりを続けてきました。
時は流れ、現在のジュエリーサショウを切り盛りするのは三代目の佐生真一さん。時代は変われども、鋳金から鍛金、彫金までを手がける工房のあり方は変わりません。佐生さんの技術を頼りに、全国から様々な依頼がよせられます。中には、「家族の形見や思い出の品のリメイクをしてほしい」という声も。真一さんは、お客様の要望に一つひとつ向き合い、品物にもう一度命を吹き込んでいます。
スグレモノ:insectum
まるで“アートな昆虫標本”のような『insectum(インセクタム)』。この昆虫オブジェは、江戸木目込人形の伝統技術と現代のデジタルファブリケーション(※2)を掛け合わせた末に誕生しました。
江戸木目込人形は、胴体の溝に布を埋め込み、衣装を着せます。デザイナーの中鉢耕平さんは、江戸木目込人形の“面”と“溝”で構成されるさまが昆虫に似ていることから『insectum』の着想を得ました。
これを形にしたのが、江戸木目込人形の熟練職人・松崎光正さん(雅号:幸一光)。松崎さんは、「美しい配色の布地を探し出し、今後も新しいものを作っていきたい」と語ります。
※2 デジタルデータをもとにものづくりをする技術。
作り手:株式会社松崎人形(東京都足立区)
1920年の創業以後、「江戸衣裳着人形」と「江戸木目込人形」を手がけています(日本人形工房)。松崎人形の三代目にあたるのが松崎光正さんです。
分業制が多い人形づくりの現場において、松崎さんは頭(かしら)と胴の両方を手がける珍しい職人。“松崎人形の顔”とも言える、ふっくらとして上品で愛らしい形、愛嬌のある目鼻立ちは、松崎さんの手仕事によるものです。
伝統的な日本人形だけでなく、現代の暮らしに寄り添う新たな人形づくりにも挑む松崎人形。手のひらに収まる小さな人形のシリーズには、伝統の技と新しい提案が息づいています。
スグレモノ:GASS-LAB NEW PRODUCT “WA”
『GLASS-LAB NEW PRODUCT “WA”』は、スパークリングワインの空き瓶をバングルにアップサイクルしたアクセサリー。制作を手掛けた椎名隆行さんは「(デザイナーの藤田優惟子さん提案の)空き瓶をバングルにするアイデアが新鮮だった」と振り返ります。
このスタイリッシュなバングルには、「平切子」という江戸切子の技術が使われています。表面の一部を平切子で平らにし、無機質なガラスに揺らぎのような表情を与えました。
『GLASS-LAB NEW PRODUCT “WA”』は、まあるいバングルでサステナブルの“輪”を体現したコンセプチュアル・アクセサリーといえるでしょう。
作り手:GLASS-LAB株式会社(東京都江東区)
ガラス専門店。祖父の代から硝子加工業を営む椎名硝子の流れを汲み、2014年に孫の椎名隆行さんが立ち上げました。
椎名硝子では、切断、穴あけ、接着など、ひと通りの硝子加工を手がけています。中でも特筆すべきは、江戸切子の技術「平切子」と、0.09mmの極細の線を彫る「サンドブラスト技術」です。
椎名さんが起業した背景には、「硝子加工のすばらしい技術を広めたい」という思いがあります。現在GLASS-LABでは、平切子とサンドブラスト技術を組み合わせた自社製品「砂切子」の数々を世に送り出し、江戸切子の世界に新風を吹かせています。
スグレモノ:OTO CHOCHIN
江戸時代から伝わる照明器具・提灯(ちょうちん)。時は流れ、いまや「提灯=祭り、土産物」をイメージする人の方が多いかもしれません。令和に生まれた『OTO CHOCHIN』は、提灯を現代の暮らしに溶け込むようにアップデートした照明器具です。
『OTO CHOCHIN』は、一見すると普通の提灯。しかし、ろうそく代わりにスマホを入れれば、光と音を楽しむことができます。
これを手掛けたのは泪橋大嶋屋提灯店の村田健一郎さん。シンプルで味のある絵柄を一筆ずつ手描きし、印刷とはひと味違う風合いに仕上げました。
『OTO CHOCHIN』のユニークなデザインは、デザイナー・川田敏之さんによるもの。家紋をベースにデザインされたモチーフの数々に、作り手の遊び心が感じられます。
作り手:泪橋大嶋屋提灯店(東京都荒川区)
提灯店。1913年の創業以来、「江戸手描提灯」を作り続ける老舗です。江戸手描提灯とは、火袋に江戸文字や家紋などを手描きした東京の伝統工芸品。文字ははっきりと太く、遠くからでも目立つように描くのが特徴です。
泪橋大嶋屋提灯店は、提灯文字の描き入れ専門。これまで歌舞伎の小道具用提灯や番傘なども手がけてきました。現在は村田修一さん(父/三代目)と健一郎さん(息子/四代目)の親子二代で営んでいます。
家業の未来を担う健一郎さんは「江戸手描提灯ならではの温かみある趣を守っていきたい」と、新たな江戸手描提灯の形を模索しています。
スグレモノ:HARENO Accessories
ハレの日の装いに華を添える「つまみかんざし」を、現代のライフスタイルに寄り添うアクセサリーとしてアップデートした『HARENO Accessories』。この繊細さが美しいアイテムは、江戸時代から伝わる「つまみ細工」を駆使して作られました。
手がけたのは、つまみかんざし職人の穂積実さん・裕子さん親子。アクセサリーのモチーフは、薄絹の羽二重などの布地を小さな正方形に裁断し、ピンセットでつまみ、折りたたんだものを組み合わせて形づくります。あえて金、銀、灰、淡い桜色の布を使い、落ち着いた印象のアクセサリーに仕上げました。
「ハレ」と「ケ」、どちらのシーンでも活躍してくれる、大人の女性のためのつまみ細工アクセサリーです。
作り手:夢工房(千葉県市川市)
つまみかんざし工房。代表を務める穂積実さんは、つまみかんざし一筋約70年。つまみかんざし名人の故石田竹次氏に16歳で弟子入りし、1961年に独立して夢工房を開業しました。
「つまみかんざし」は、色とりどりの小さな絹布をピンセットでつまみ、組み合わせて花などの形にした髪飾りです。長いキャリアを経て、穂積実さんは「福つまみ」という技法を編み出しました。これを駆使し、今日もまたふんわりと柔らかな印象の花々を生み出し続けています。
現在、穂積実さんは洋装に合うつまみ細工アクセサリーも手がけています。もっと多くの女性へ、しあわせを届けるために。
東京の「伝統工芸品」は、進取の精神に富む江戸職人の匠の技と心意気によって、磨かれ、洗練され、そして庶民に愛されて連綿と受け継がれてきました。「東京手仕事」は、そんな伝統の技に光を当て、匠の繊細な「手仕事」の魅力 を国内はもとより世界に発信していく取り組みです。