東京の伝統工芸品の魅力を広く伝えるため立ち上げられた「東京手仕事プロジェクト」。そこには、受け継いだ匠の技を活かし、スグレモノを生み出し続けるたくさんの作り手たちの姿があります。
「東京のスグレモノと作り手たち2021」では、東京手仕事プロジェクトで認定されたスグレモノとその作り手をご紹介します。
vol.1でピックアップするのは、宇野刷毛ブラシ製作所『千鳥ブラシ』、浅野工芸『minamo』、塚田工房『寿々相撲』、安宅漆工店『SHITTO-RI』、加瀬ラタン工芸『籐製アームチェア』です。
(第1回/全3回)
スグレモノ:千鳥ブラシ
「暮らしのなかに、もっとブラシがあってもいい。慌ただしい世の中で、ブラシが日常にゆとりを持つきっかけになれば」
『千鳥ブラシ』誕生の背景には、宇野刷毛ブラシ製作所のこのような思いが込められています。
かわいらしい鳥型ブラシの土台は、赤・白・黒に彩られた丈夫なナラ材。ブラシ部分を“飛び立つ鳥の尾羽”に見立て、職人が馬の本毛を手植えしています。
『千鳥ブラシ』は、ブラシとしての機能性・耐久性に優れているのはもちろんのこと、お部屋のオブジェにもふさわしいひと品です。ゆとりある暮らしの第一歩として、生活にブラシを取り入れてみませんか?
作り手:株式会社宇野刷毛ブラシ製作所(東京都墨田区)
刷毛とブラシを作る工房。1917年の創業当初は主に「刷毛づくり」を、現在は時代のニーズに合わせた「ブラシづくり」を行っています。代々伝わる職人技を守るのは、宇野千榮子さん(三代目)、三千代さん母子です。
宇野刷毛ブラシ製作所のブラシに用いられる毛は、山羊や馬、豚、猪などの動物のもの。毛の油分・こし・やわらかさは、それぞれの動物や体の部位によって異なります。宇野さんら職人はこれを見極め、用途に合ったさまざまなブラシを仕立てています。
スグレモノ:minamo
日常空間に、「揺らめき」と「きらめき」を与える銀製花器『minamo』。
“銀器を手がけて50年”の伝統工芸士・浅野盛光さんと、若手インダストリアルデザイナー・千頭龍馬さんのタッグが完成させた、美しいひと品です。
ゆらゆらと輝く銀の一輪挿しには、浅野さんの職人技がきらりと光ります。例えば、水がこぼれない程度の絶妙な揺れを生む、曲面状の底。このなめらかな丸みは「へら絞り」という技法によるものです。一枚板の地金にへら棒を押し当て、少しずつかたちを作り上げます。体全体を使って力加減を調整する緻密な作業は、熟練の職人だからこそなしえる技といえるでしょう。
作り手:株式会社浅野工芸(東京都足立区)
貴金属製品の製造・販売を行う工房。代表の浅野盛光さんは、24年間の銀師修行ののち、1987年に浅野工芸を創業しました。独立後もより一層の修練をかさね、へら絞りと鍛金(※1)技術を習得。これらを活かし、急須や湯沸かしなどの茶器、お銚子などの酒器を次々と生み出しています。繊細で美しい装飾が施された浅野工芸の品々は、まるで美術品のようです。
現在、浅野工芸の工房で働く従業員は3名。浅野さんは「自分が生きた証としてもこの技術を引き継いでもらいたい」と、若手へ惜しみなく自身の技術を提供しています。
※1 台に乗せた金属を金槌で叩き、形を変える技法。
スグレモノ:寿々相撲
『寿々相撲(すずずもう)』は、力士の姿が福々しい縁起物の人形です。軽く触れるとゆらゆら揺れ、人形の体内にある鈴がやさしく響きます。
人形のモチーフである力士は、はるか昔より、神様から特別な力を授かった存在とされてきました。さらに「力士に赤ん坊を抱いてもらうと健やかに育つ」とも言われています。
『寿々相撲』で縁起物としての力士を表現したのは、江戸木目込人形師の塚田真弘さん。胴体に溝を彫り、布を埋め込む江戸木目込人形の技術を用いて、ひとつひとつ手作りしています。
きりっとしながらもどこか愛嬌がある小さな力士たち。彼らはやわらかな鈴の音とともに、小さな幸せをもたらしてくれるかもしれません。
作り手:塚田工房(東京都墨田区)
江戸木目込人形工房。塚田詠春さん(父/六代目当主)、塚田真弘さん(息子/七代目)が親子で営んでいます。
詠春さんの母方の実家は、江戸時代から続く人形師の名家・名川家。叔父にあたる名川春山氏、人形作家・前田金彌氏の下で修行を積み、1973年に自身の工房を構えました。現在は、人形の原型づくりから面相描き、最後の仕上げまで、江戸木目込人形づくりの全てを手がけます。
やわらかな雰囲気をまとう塚田工房の作品は、まるで詠春さんの人柄がそのままにじみ出ているかのよう。詠春さんは「人に安らぎを与える人形師でありたい」と、今もなお修行の毎日だと言います。
スグレモノ:SHITTO-RI
『SHITTO-RI 漆雅』は、葛飾北斎作「富嶽三十六景 山下白雨(さんかはくう)」をモチーフにした漆塗りの置物です。手がけたのは安宅漆工店の安宅信太郎さん。建築漆工職人として数多くの歴史的建造物の修復に携わった経験と漆芸技術が活かされています。
北斎の浮世絵を思わせる絶妙なグラデーションは、「研ぎ出し」と呼ばれる技法によるもの。漆を何度も塗り、専用の炭で一部分を削り、色の濃淡を表現します。『SHITTO-RI 漆雅』では、この「研ぎ出し」を施した色板を3枚重ね、独特な立体感と遠近感を生み出しました。
『SHITTO-RI 漆雅』は、何色もの色版を重ねて摺る浮世絵の手法を、漆で再現した作品といえるかもしれません。
作り手:安宅漆工店(東京都墨田区)
建築漆工店。建築漆工とは、床の間の框(かまち)(※2)や棚板、柱などに漆塗りを施す仕事のこと。当代の安宅信太郎さんは、東京ではわずか数人となった建築漆工職人です。
安宅さんは、実父の安宅儀一氏に15歳で弟子入り。以来、さまざまな建造物の修復に携わってきました。善光寺や国立能楽堂、衆議院議長公邸など、建物の種類や年代は多岐にわたります。
目黒雅叙園も安宅漆工店による仕事のひとつ。「百段階段」建造時は、儀一氏も漆工として関わったそうです。安宅漆工店は親子2代にわたり、磨き上げられた漆芸技術で名建築を守り続けています。
※2 日本建築の建物内において、床の高さが変わる箇所に用いられる化粧板。
スグレモノ:籐製アームチェア
背もたれから座面へと続く、美しい籐(ラタン)の曲線。加瀬ラタン工芸の『籐製アームチェア』は、包み込まれるような座り心地が特徴です。
温かみあるデザインは、籐工芸職人・加瀬文夫さんのオリジナル。各素材の特性を見極めながら、ひとつひとつ手作りで仕上げます。この『籐製アームチェア』は、少ないパーツを組み合わせることで、“扱いやすい軽さ”と“十分な強度”を両立させました。それができるのも、籐を知り尽くした職人だからこそ。
籐製家具は、時が経つにつれて風合いが変わってゆくのも魅力です。こまめにお手入れをしながら、あなただけの一脚を育ててみませんか?
作り手:有限会社加瀬ラタン工芸(千葉県銚子市)
籐製家具工房。1955年の創業以来、温かな佇まいと機能性を持ち合わせた加瀬ラタン工芸の家具は、旅館や料亭のインテリアとして選ばれてきました。加瀬文夫さんが二代目を継ぎ、徐々にオリジナル家具制作も手がけるようになりました。
籐製品を手がける職人は、太さや色が様々な木材を選び、組み合わせ、ひとつのものを作り上げます。そのため、最適な素材を選びとるセンスが必要不可欠です。
文夫さんは“材料を見極める目”を鍛えるため、籐の自生地へ赴くことも。息子の稔さん(三代目)も、若いうちから共に現地を訪れ、目を養っています。加瀬ラタン工芸の親子ふたりが願うのは、「若い世代にも籐製家具の良さを伝えること」。
東京の「伝統工芸品」は、進取の精神に富む江戸職人の匠の技と心意気によって、磨かれ、洗練され、そして庶民に愛されて連綿と受け継がれてきました。「東京手仕事」は、そんな伝統の技に光を当て、匠の繊細な「手仕事」の魅力 を国内はもとより世界に発信していく取り組みです。